--この映画で仏教をとりあげた理由は何ですか?監督ご自身は仏教徒なのですか?
信仰といえば、私はむしろ仏教よりキリスト教徒なのです。キリスト教は宗教として受け入れていますが、仏教は宗教というより、習慣や文化と考えています。今回この映画の中では仏教を描いたのではなく、時間の流れを描きました。一人の人間が生から死に至る過程とその変化を四季のめぐりによって表現しました。具体的にいえば、映画の中では少年期から青年期、壮年期への人間の成長を通じて、それを四季に重ね、人生を描いたのです。
--東洋独特の映像の美しさが表現されていますが、そのあたりで工夫された点は?
映画の中で一番苦労して手間をかけたのは、床に般若心経を彫るシーンでした。これは俳優含め私もスタッフもみんなで彫りました。というのは、この映画は計画的に撮影されたものではなく、現場現場で感じたものを具体的な形にしていくというものでした。ですからドラマというよりドキュメンタリーに近い映画だと思います。
--冬のシーンをご自身で演じることはどの段階から決めていたのですか?
演じて頂きたい俳優はいたのですが、なかなかスケジュールが合いませんでした。冬という季節は、雪が降って氷がはるという状況が重要で逃せないわけですから、冬を迎えた時点で私が演じることにしました。冬のシーンは役者が演技を見せる必要は全くなく、石を結びつけて山を登るシーンでは山を登り、彫刻するシーンでは彫刻するだけで良かったのです。ドキュメンタリー的に考えていましたので、演技としては難しくはありませんでした。冬では、人間が主人公というより、季節が主人公だったのです。
--メインのキャラクターを若い僧に設定した理由は?
私は僧侶を描きたかったのではありません。韓国で僧侶になる人たちというのは、世の中の汚れから自由になりたい、きれいになりたい、という思いからその道に進む人が多いと思うのですが、それは僧侶に限ったことではありません。多くの人が俗世間での汚れからきれいになりたいと思っているのです。私はそのような人のことを僧侶というキャラクターにのせて描いたのです。
また、舞台は山奥で撮られていますが、これは山奥の映画でなく、ある意味では都市の映画といえるのではないでしょうか。都市では色々な誘惑や争いがあり、そんな中で葛藤して清くなりたいと思う人々を描いた映画なのです。
目に見えるものだけでなく、描かれていない裏の部分を想像して観ていただきたい。
--アリランによって韓国らしさを表現しているのでしょうか?
アリランは、韓国では一番悲しい時に歌う歌なんです。苦痛でうめくような歌が、人生で一番辛い時、つまり、石を抱えて山を登るシーンに非常にマッチしました。韓国の人たちが苦痛や悲しみを抱えつつも生きてきたその民族の忍耐心や誇りを表現していると思います。
欧米で公開した時にはアリランのシーンで多くの方が涙を流してくれました。歌詞がわからなくとも、アリランが表現する深い悲しみが皆さんに伝わると思います。
--水の上に建つお寺の意味は?また頻繁に行き来するボートは何かの象徴でしょうか?
私も調べてみたのですが、水の上に建つお寺というのは世界中どこにも存在しておらず、私の映画の中だけのもののようです。水上のお寺というのは作った私自身、あるいは観ているあなた自身だと思います。風にまかせて自由に動いていける、と同時に自由ではあるんだけど、湖の外には出て行けないという人生の矛盾を表現しています。
また、行き来するボートは流れていく人生の長さを象徴しているのではないでしょうか。
--老僧が自ら命を絶っていますが、キリスト教では自殺して成仏するという考え方はありえません。仏教を描いたのはそのためですか?
青年僧が追い詰められて死のうとするのは自殺だと考えますが、老僧の死は自殺だと考えません。「閉」という文字を書いた紙を目鼻口にあてて五感を自らシャットアウトし、生きるために必要な欲望も全てやめてしまうことは自殺ではないのです。自殺というものは愚かな行為だと思うし、もちろん私も反対です。生きるために味わう辛さ、苦悩は他の人と共有して解消していくべきものだと考えます。
--伝えたいメッセージをシンボル化するアイデアはどのように生まれるのですか?
人は教育の中で善悪を学びますが、私は、単純にそういう区分は出来ないと思うのです。善悪の中間にあるものを描くことが映画だと思っています。韓日に限らず世界の映画でいえることですが、現在良い映画が少なく、多くの人が好んで観る映画は、スターが出演していたり、予算を多く使っているものだと言えます。そのような映画は観る人に単純なことしか要求しません。逆に私の映画というのは複雑で、観る人に考えることを要求し、さらには不快な思いもさせたりします。ですから韓国でも私の映画を観ようと思う人は少ないのですが(笑)。私の映画は単純な娯楽映画ではなく、私たちがこれからいかに生きていくか?ということを皆さんに考えてもらいたい映画なのです。ですから日本でもなるべく多くの人に観ていただき、皆さんに人生についてじっくり考えて欲しいと思っています。 |