でも、それはあくまで“対自分”の話ですよね。それが沢山の人たちに伝わったっていうのは、結構衝撃だったんじゃないですか?
衝撃でしたね…。しかも、オフィシャルサイトにメールが来て、「こんなこと俺に話していいのかな?」ってくらいのことまで俺に話し てくれたりして…。そういうのを読んだ上でライヴに向かうから、2000人のキャパでライヴをやるっていっても、あまりウチらは1対 2000っていう感覚が無くて――何か1対1×2000というか、全部そこに1対1が存在するかのように感じるんですよね。俺も常に そういう感覚でやってるし、そこがまたみんなが共感してくれるところなのかなとは思いますけど。
でも、その中には、自分では思ってもみなかった解釈とかも…。
それは何でCDにして売るのかということにも繋がると思うんですけど、結局100%自分のものにしたかったら、売らなきゃ良いわけ ですよね。“売る”っていう作業は、結局誰かのものにするってことで――このアルバムも、発売前はウチら4人だけのものだけど、 売って誰かのものになって、そこで初めて価値が生まれると思っていて…。だから、その人の曲にしてもらうためなら、どう聴いて もらっても良い。でも、逆にそこで俺もすごい発見があるんですよね。俺が100%確信を持って書いた一つの言葉に、50通りくらい 違う解釈をされたりとか。そこでまた言葉の面白さに気付くし、「日本語っていうのはホント面白いな」って毎回思うんですよね。


そういうメンタル面での変化が、本作には色濃く表れてるように思いましたけど。
取り組む心持ちとして、前よりもちゃんと自分 の理想を求めるようになったという、そういう精 神的な変化はみんなあったと思いますね。
その理想というのは?
音楽的な理想というか――前までは、そもそ も理想というものが無かったんですよね。それがわかるようになったというか、もちろん それは今の時点での判断でしかないけど、やっぱり楽器とかに関しても、精神的なものがか なり影響するんですよね。
確かに、RADWIMPSというバンドは単なるミクスチャーバンドでは なく、野田君の頭の中に広がるエモーションをそのままの形で鳴ら すバンドなんだっていうのが、すごくよくわかる一枚になってますよね。
多分、それを目指してたんだと思いますね。今回のアルバムって いうのは、音楽のことがわからなくても、以前のものとは歴然として隔たりがあるというか、言葉と音に差が無いくらいの一体感って いうのが、普通に聴いてても伝わるんじゃないかって。その自信はありますね。やっぱり前作くらいまでは、音に関してもミクスチ ャー寄りというか、目標としてどこか可笑しなことをしたいとか、音楽的に違う要素を絶対入れたいとかいうのがあったんですよね。 でも、この4枚目を作る際は、それが目標とかじゃなくて出発点にもうあるって感じで――それはもう狙うとかじゃなくて、大前提と してあるっていう。だから、前よりも自然に聴こえるのかなって。
あと、それに大きく関わって来るのは、今回から洋次郎がやりたい ことを妥協なくメンバーに伝えてくれるようになったんですよね。前作までは遠慮ってわけじゃないけど、「好き勝手に弾いて良いよ」 っていう部分を結構多くもらってたんですけど、今回は「これはダメ、コレは良い」って言うのを洋次郎がはっきりと伝えてくれるよう になって。そうすると僕らも、どこに向かえば良いのか導かれるようにわかって、どう弾くかがどんどんわかって来るようになって。 だから、これまで以上に歌詞とインストの調和が取れるようになったのかなとは思いますね。
それは野田君的に何か思うところがあったんですか?
そうですね…2枚目、3枚目は、自由な部分は自由な部分って感じのやり方をしてたんですけど、今年はリリースのことも含めて、 俺のエゴを全部メンバーに受け入れてもらおうと思って…。もうホントに、誰にも言い訳しない形で今年はやりたかったんですよね。 誰かのせいにするのはすごい楽なんですけど、それによってその曲とかがあんまり好きではなくなるのがすごく嫌だなって思って。 だからもう、全部自分のせいに出来るように――それはすごい責任だけど、その一方ですごくプラスに働くっていうか、「もうやるし かない」っていう気持ちに自分がなるんですよね。それはもちろん、頼りがいのあるメンバーがいるからこその話であって、「任せ てくれてありがとう」っていう気持ちも俺の中にはあるわけで――だからホント今回は、それが上手く行ったパターンなんだなって気 はしますね。
音と同じく、歌詞に関しても“衒い(てらい)”のようなものが減ったように感じましたが。

それは僕も思いますね。何に対しても180度逆の方向を伝えるというか、一つのことを説明するときに、もう片方の“極”を伝える ことによって余計際立つというのはあると僕は思っていて。それは音楽的にもウチらが意識してたことだと思いますけど、そういう振 り切れた感情とか頂点みたいなものっていうのは、人間生きていてもあんまりブチ当たることが無いというか、普通に生きてたら日常 の9割方はその“極”のどちらでも無いところにいるんですよね。それは俺もそうだし、普通に生きていたら当たり前のことで…。 でも、その中に面白さがあったりとか、そのどっちでもないゆらゆら感みたいなものに、面白さがあるなって思ったんですよね。 だから今回は、あんまり“極”の部分を伝えない曲も結構あったりして。その中で、「これはどっちだろう?」って考えながら、色 々書くのが何か面白かったんですよね。