結構歌い上げるんだね。このドン・ドン・トツ・トツっていう、頭打ちのリズム。こういうリズムはバンプ・オブ・チキンとしてはとても新鮮なものだったと思うけど、自然と自分の中から出てきたものだったんですか。  
そうですね。なんか、歌詞はなかったですけどメロディとコード進行の弾き方っていうのは『ユグドラシル』ぐらいの時からあって、やりてえなとか思っていたんじゃないかな、多分。  
これ木琴? 鉄琴? のソロが入っているよね。  
ギターソロと一緒に鳴っているやつですね? あれは木琴です。いきなり「ちょっとやってみてよ」ってディレクターに言われて、やってみたんですよね。で、結構すぐできたんですけど、なんか「ちょっと困らせてみたかった」とか言われて、「なんだよ」って思いましたけど(笑)。  
驚いたのは俺たちのほうですよね。正直ディレクターも、「いや、これは木琴をちゃんとやってないと叩けねえな」みたいなこと言っていて、「だよね?」って俺も言っていて(笑)。フジくんは「オッケーっす」って言って始まるわけですよ。一発ですよね、ほぼ(笑)。ディレクター怒っていた、「なんだあいつ。ちょっと困らせてやろうと思ったのに」って。  
困らせてやろうとかねえ、たまには曲にいちゃもんつけたいとかねぇ、そんなこと思わなくていいよと俺思うんですけどね(笑)。僕は僕の世界で困る時があるし、曲にいちゃもんつけたいとか言われたって自分で自分の曲に何回もいちゃもんつけているから、推敲して。そんなこと思わないでくれって、自分の中でそれとっくにやっているからって(笑)。……推敲っていうのはあんまり意識的ではないんですよね。意識的な推敲って必ず最後にやるんです、詞書いた後とかに。そうじゃなくて無意識的な推敲っていうのが曲を作っている時もそうだし、曲の断片の材料とかが自分の中に芽吹き始めた時からそうだと思うんですけど、すっげぇやっているんですよ生活の中で。これがほんとに歌いたいことかどうかとか、このコードはほんとにこの曲に対して正しいコードかどうか、もしかして作曲家としてこういう複雑なコード使いたいだけのエゴなんじゃないだろうかってね。もちろんそれは僕の中ではNGなんですよ。そういう推敲をやっているんで、1曲1曲の上がりが、そこそこ時間がかかるんじゃんねぇかなと思うんですよ。
“ハンマーソングと痛みの塔”に話を戻しますけど、これはすごく新しいリズムを感じさせる曲だったりとかしていて、その分挑戦と試練があったと思うんですけど。思い出すことがあったら教えてもらいたい。
すごいドラムは時間がかかりましたね、これは。最終的なオッケーが出るまでの仮オッケーみたいなのがあって、この間なんかの機会にポロッと聴いたんですけど、まぁ、今だと何がダメだったのかっていうのはよ〜くわかる。その曲に必要とされるビートを理解するのに時間がかかった曲でしたね。今回に限らずほんとにいつも、今まで持っているものでできるっていうことが1回もないんですね。新しいことをやろうとは別に意識的には全然ないんですけどね。でもその曲に求められているものをいろいろやっていくと新しい挑戦になるんですよね。だからもう毎回、毎日入学式みたいな(笑)。そっからスタートっていうぐらいで。その中で上手く自分の今まで持っているものをどう使っていくかっていうのをやってくかっていう感じです。
曲を作っている段階では、何かこうやってくみたいな新しさを求める気持ちがあるわけじゃないんだ。
あるわけじゃないんですけど、曲によってはある時もありますね。というのは、例えば初めて8分の6拍子の曲を書いた時、“バイバイサンキュー”の時です。あれはなんか漠然と、あいつ(升)そろそろ叩けるんじゃねぇか?みたいな感じで(笑)、「ちょっと8分の6のビート叩いてみてよ」とか多分言ったんじゃないかな。随分昔にあった曲だったんですけど、当時は全然叩けなかったんで。まだドラム始めたばかりで、高校生の頃だったよね(笑)、そのこと思い出してね、そろそろ叩けんじゃねぇかなと思って訊いてみたところ、全然叩けたっていう。そういうふうにして実現する曲もあるんですよね。
すごく思うんですけど、例えばビートルズ。いろんな曲があるんですけど曲がいいですよね。で、みんなが歌って世界中が時空を超えて愛する名曲を作っていると思うんですね。ただ彼らがどういうふうな作品を作ってきたかっていうと、非常にコンセプチュアルだったり、サイケデリックだったり、インドにかぶれたり、ローリング・ストーンズに意地悪してやるって思ったり、いろんな曲があると思うんですよね。で、総じていくと彼らの歴史っていうのはすごくクリエイティブなことに対して敏感だった活動だと思うんですけど、バンプ・オブ・チキンも同じように毎回毎回その時に、自然と音楽に呼ばれていっちゃうような感じで作ってきた歴史なのかなと思ったのね。
っていうか商売やってないから、いいと思うものをやるっていうのが高校生の頃から続いていて。それはコピーやっていた時の楽しみと近いっていうか。この曲いいなと思ってコピーやるじゃないですか、ビートルズとかもやりましたけど。で、そのコピーの曲じゃなくてオリジナルの方がよっぽど楽しいっていうことに気付いて。で、オリジナルだってこの曲よくないなと思ったら多分メンバーに一緒にやってもらえないと思うんですけど、この曲いいなとメンバーが思ってくれたから俺が作った曲でバンドでやるんでしょうけど、それがずっと続いているだけなんですよ。だからそこにコンセプトが必要なバンドじゃないし、ほんとになんもすごいカッコつけられないバンドなんでカッコいいこと一切言えないんです(笑)。だから曲の方が勝手に勝手な雰囲気を持っていて、それが勝手にまとまってちょっとコンセプチュアルになる時っていうのは全然あると思うんですけど、そういうのは全然僕ら説明できないじゃないですか、いつも。今回だって、アルバム作るぞって最後に思いました。それは何ではっきり思ったかっていうと、アルバム作るっていう気持ちでいつもやってないから、確実に違和感が生まれたんです。曲が揃って、曲順決めろって言われて、「あっ、そっか、曲順決めるとかそういうのあるんだよなぁ」って、そういうことやっているうちにだんだんアルバムって気持ちがしてきて、そうするとなんかアルバムになんねぇから――まぁ、タイトル決めろとかも全部そうですけど――だから1曲1曲、曲単位でやっているバンドにとっては意外と不自然な感情が生まれるわけです。今回の場合はブックレットだったり“voyager”“flyby”っていうイントロとアウトロになるような曲だったりとか、まぁ“星の鳥”もそうです。そういう時に全部の曲の根底的に通ずる大きな要因、要素を抜き出したっていう気はしますけど。あとはもうほんとノーコンセプト。  
 
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