2008年10月22日にシングル『DOLL』でデビューしたSCANDALが5周年を迎えた。5年という月日を、もう5年と思う人もいれば、まだ5年と思う人もいるだろうが、彼女たちはこの5年間を確実に駆け抜けたと思う。17枚のシングルと5枚のアルバムをリリースし、結成当初からの目標でもあった大阪城ホール単独公演も実現。年齢も10代から20代となり、少女から大人の女性へと成長した。今回は過去のアーティスト写真、ジャケット写真(一覧はコチラ)などを見ながら、彼女たちがその時々にどんな想いを抱き、そして、今、振り返ってどう捉えているのか。4人でじっくりと語り合ってもらった。
(取材・文/山田邦子、撮影/浅利 聡)
「表現力がホンマにレベル1ぐらいやったんで(笑)」RINA
エキサイト 2008年10月22日。記念すべきデビュー日は何をしてたか覚えてます?
RINA
普通に家におった(笑)。
HARUNA
私は一人でキャンペーンに行ってた気がする。
RINA
そうや!行ってたな。まだうちら3人とも学校行ってたから、HARUが1人でキャンペーン行ってくれてて。
MAMI
だからうちらは意外とフツーに過ごしてた(笑)。
TOMOMI
でもそこからいきなり『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)出たりしてね。
エキサイト 周りの反応はどうでした?
MAMI
高校の友達とかはめっちゃ応援してくれてました。でも、みんなからしてみたらいわゆる芸能人なわけじゃないですか?テレビに出たり、ライヴしたり、ファンの人がいたりって。だけど周りの友達とかからは別にそういう扱いされなくて、それがすごく良かったなって思ってましたね。変に態度が変わられたらイヤだなと思ってたから。だからすごく安心した覚えがありますね。
エキサイト では順を追ってみていきたいのですが、デビュー・シングル『DOLL』のジャケットはインパクトありましたね。
RINA
あれはかわいいな。
TOMOMI
これCGじゃなくてカツラかぶってるんですけど、めっちゃ重かったんですよ。針金入ってたり、スプレーで固めてあるやつで、とにかく重かった。おまけに私はワイヤーで吊られてるんですけど、腹筋をめっちゃ使うんですよ。頭重いし腹筋も大変で、これ、実を言うと辛い顔してるんです(笑)。
RINA
でも、表現力がホンマにレベル1ぐらいやったんで(笑)、試行錯誤してましたね。表情以外で派手に見えるようにってことで、そういうセットとかヘアスタイルとか制服になったんです。インディーズの時とかは顔出しを全くしてなかったので、そういうメイクとかしてもらって撮影するのがホンマに初めてぐらいやったんですよ。だからちょっと緊張もしたけど…、とにかく顔が見えへんようにっていうのは言われてたな。
エキサイト 顔見せないようにしなさいって、女の子としては「えー!?」とか思わなかったんですか?
MAMI
アーティスト写真も、4人横並びの制服姿で顔が見えない白黒だったんですよ。でも、横顔しか見えないって、めちゃくちゃ気になりません!? 顔見えないし、制服着てるし、これってちゃんと演奏してるのかな?とかね(笑)。だから単純に、「これは気になるだろうな」と思ってました。髪の毛で顔が見えない感じとかもカッコいいなと思ってたし。
TOMOMI
その頃ビークル(BEAT CRUSADERS)も流行ってたしな(笑)。顔が見えない=気になるっていうのは客観的にもわかってたから、こういうの、ちょっといいかもって思ってました。
エキサイト この時の制服はどうしてるんでしたっけ?
RINA
倉庫にあります。
MAMI
昨年、城天で「大阪城ホールやります!」って発表した時に久しぶりに着ましたけどね。
RINA
でもデビューの年のこと思い出すと、一番忙しかったし、一番しんどかったなと思う。心に余裕がなかった。私は高2だったから、学校があったっていうのもデカイし。
MAMI
まず、テストどうしよう!?だよね。単位ないから。あと1回遅刻したら卒業証書もらえないとか、そういうレベルだったんです。
TOMOMI
平日にもお仕事が入ってたりすると休まないとダメだから、単位がどんどん足りなくなって。
MAMI
テスト0点とか当たり前でしたもん(笑)。
RINA
あと、転校の時の受験ね。あれは死にましたね。本当に(笑)。1週間しか勉強する期間がなくて、しかも(入学の倍率が)4倍やったんです。とにかくすべてが大変やった。
TOMOMI
そうやって学校で3人が動けない分、HARUNAは一人で地方回ってくれてたんですよ。「DOLL」が結構パワープレイを頂いて、全国に挨拶回りというか、行ってくれてね。
HARUNA
行きましたねぇ(笑)。
RINA
でもそれでHARUが変わったんですよ。ライヴのMCもやし、インタビューで話すことも。人見知りのパーセンテージがグッと下がった。
MAMI
人と話すことが出来るようになったっていうのは大きかったね。それプラス、うちらを引っ張ってくれるし、うちらもついて行くことが出来るようになった感じがあった。
エキサイト 自覚としては?
HARUNA
単純に活動自体が楽しくなりましたよ。今まではデビューを目標にやってきたものが、デビューすることによってすごくリアルに「こういう仕事を出来てるんだ」って実感に変わった瞬間でもあったし。でも今考えると、これ(当時の状態)で『ミュージックステーション』に出たのはスゴいなって思いますけど(笑)。
RINA
スゴいな(笑)。
TOMOMI
とりあえずわけもわからずそこにいた、って感じだけどね(笑)。
RINA
でも「DOLL」のパフォーマンス、結構好きでしたよ。なんかあの2分間でめちゃくちゃスピリットを感じるようなパフォーマンスやった。
TOMOMI
何も考えずに、テレビ収録じゃなくライヴと思ってやってたのもあるからね。それが当たり前だと思ってたし。今はいろんなことを考えるじゃないですか。カメラ割りがどうとか、どっちの角度から撮られるとか、目線下さいって言われたりとか。当時はそれが上手く出来なかったからこそのカッコよさがあったんだと思いますよ。
「あの景色は一生忘れないと思う」MAMI
エキサイト 2009年の3月には2ndシングル『SAKURAグッバイ』が出るわけですが、制作も結構詰めてやってたんですか?
HARUNA
『DOLL』が出た頃にはすでにレコーディングしてましたね。
エキサイト このジャケットはどこで撮影したんですか?
MAMI
立川の昭和記念公園です。
RINA
めちゃくちゃ寒かった!
MAMI
この木、桜なんて一つも咲いてないカラッカラの枯れ木だったんですよ(笑)。でもエキストラの女の子達が寒い中ずっと待っててくれててね。
RINA
その枯れた木の前に並んで卒業写真みたいにして撮ったんですけど、「花、ないやん」、「これならスタジオで良かったね」って話しながら撮ったんです(笑)。
MAMI
とにかくゲキ寒で、風が吹くたびにみんな死にそうな顔になってた(笑)。
RINA
でも楽しかったな(笑)。忘れへんもん、この撮影。
HARUNA
結局、桜はあとからCGでね。
TOMOMI
まぁ、そもそもは枯れ木の前で撮るっていうコンセプトではあったんですよ。だけど「SAKURAグッバイ」やし、寒くて顔も死んでるから(笑)、ちょっとこわい写真になったんですよ。
HARUNA
曇ってたし、全体的に写真が暗かったんだよね。
MAMI
でもさ、撮ってる時は曇ってたけど、撮り終わったら晴れた気がする。帰る時、晴れてなかった?
HARUNA
夕陽、あった気がする(笑)。
MAMI
その頃から雨を呼び寄せてたのかも(笑)!
HARUNA
そこからの『少女S』だからね。ミュージック・ビデオ、めっちゃ雨降ってる(笑)。
TOMOMI
その日は晴れててんけど、雨降らすっていうね(笑)。
エキサイト しかし「DOLL」にしても「少女S」にしても、いまだにライヴで欠かせない曲になりましたよね。
HARUNA
「DOLL」とか毎回のようにやってますしね。
MAMI
当時に比べて、「DOLL」はものすごくライヴで成長してきた曲だなと思う。タオル回しも初めはなかったし、手拍子とかもする余裕なかったし。自分たちがいろいろ出来るようになると同時に、曲も進化していきましたよね。
HARUNA
あんまり年齢を感じさせない曲だしね。歌詞はその当時書いてたものだけど、「SAKURAグッバイ」とか「少女S」に比べると、今でも歌えます。
エキサイト そして早いもので、この年の10月には初のアルバム『BEST★SCANDAL』がリリースされます。
HARUNA
『SAKURAグッバイ』の時にTOMOMIとMAMIが卒業してるので、結構このあたりからみんな本格的にバンドっていうものがやれるようになった気がします。
MAMI
4人ともが東京に住むようになったので、活動の幅も広がって。
エキサイト デビューの時から見てる方としては、この1stアルバムの発売は自分のことのように嬉しかったです(笑)。
HARUNA
嬉しい(笑)!
MAMI
1stアルバム、めっちゃいいですからね。
RINA
めっちゃいい! この頃ってまだアルバムの作り方とかもわかんなかったから、こんなに大変なんや!って思いながら作ってました。1曲出来るたびに嬉しかったんですけど、歌詞ってこんなにギリギリまで変更があるんやとか、チームの意見をまとめるのってこんなに難しいんやとか、大人が言い合ってるのを見ながら思ってました。でもいろいろ学べましたね、この一枚で。
HARUNA
1年通して初めての作業がとにかく多かったので、自分たちでも何が効率いいのかとか全然わかんないじゃないですか。だから、大人が「いい」っていうことがいいんだって思ってた時期でもありましたね。そういう意味では大変だった気はするけど、ある意味、ピュアだったなと思いますね。
エキサイト この頃は目に見えてライヴの動員も増えて行きましたよね。
MAMI
初のワンマンツアーはもう、一番良かった気がします。名古屋が初日だったんですけど、あの出て行く瞬間は今でも忘れない。
RINA
めっちゃ緊張したよな(笑)!
MAMI
あの景色は一生忘れないと思う。日本武道館とか大阪城ホールとか大きいところでやって何千人とか何万人とかに見られたけど、あの何百人に見られてる名古屋のクアトロが一番緊張したと思う。
TOMOMI
その日、その時間、そのハコにいるのがすべて自分たちを見に来てくれてる人だってことが初めてだったんでね。それまでは対バンとかでも自分たちのお客さんが一番少なくって、他のバンドさん見に来てる人たちにどういうふうにアピールするかみたいなところからやってきてたから、なんかワンマンってこんなに“ホーム”なんだって思った。当たり前のように自分たちの曲を口ずさんでくれてたり、笑顔で見てくれてる人たちがいて、こんな幸せな空間があったんだと思いましたね。
RINA
しかもその初日の名古屋終わった後に、デビュー前から一緒にやってくれてるディレクターがめっちゃ褒めてくれたんですよ。涙ぐんで。
HARUNA
その時初めてね。
RINA
ずーっと怒られてきてて、「何回言っても同じことばかりして!」っていつもお父さんみたいに怒られてきたんだけど(笑)、そういう人が感動して泣きながら「良かったよ」って言ってくれたのは忘れないですよね。まぁ、その後も怒られてるけどな(笑)。
HARUNA
(笑)。でもそのことに4人でめっちゃ喜んだんですよ。あと、DVDにもなってますけど、この時のファイナルのクリスマスの公演で「大阪城ホールに連れて行ってあげるよ」って言ってるんですよね。
MAMI
言ってた、言ってた(笑)。
RINA
恵比寿のリキッドルームでな。
HARUNA
怖いもんなしだなと思いますよ。
MAMI
あの時の無敵感、ヤバいよね(笑)。
エキサイト 無敵感、今もバリバリありますけど(笑)。
HARUNA
いやいや今の方がちょっと大人になったんで、まだ考えられるようになりましたから(笑)。
RINA
ホンマに思ったこと、そのまんま言うてたもんな(笑)。
TOMOMI
怖いものなかったんですよ、なんにも。
MAMI
根拠のない自信だけがあって。
HARUNA
若いって素晴らしい(笑)!